めまい・ふらつきを理解し治療に役立てるために必要な情報を提供します。私たちが倒れることなく歩く、走る、飛び上がる。あるいはさまざまなスポーツを巧みにできるためには脳の働きを中心とする複雑な仕組みが働いています。それらを理解し、検査・病気・治療を正しく進めることが大切です。
私たちが倒れることなく歩く、走る、飛び上がる。あるいはさまざまなスポーツを巧みにできる。そのようなことが可能になるためには常に視線と姿勢を正しく保つことが必要です。
外界の対象物が動くとき、頭部が動くとき、視線が制御され対象物の網膜像がぶれないようにします。対象物が静止している時には、眼球が動かないようにします。視線の制御は眼球運動系と頭部運動系の2つの要素から成り、眼球運動系は眼球を動かすことにより、頭部運動系は頭を動かすことにより視線の制御を行っています。2つが共同で働くことによって、適切な視線の制御が達成されます。
眼が動いてない時、視覚は最も正確になるので、関心のある対象物をよくみるようなとき、眼球運動を抑制しはっきりと対象物がみえるようにします。先天眼振とよばれる生れつき眼球が振り子のように細かく揺れるような状態では物がハッキリ見えません。これは視覚の異常ではなく能動的な固視機能に問題があるためによるものです。
衝動性眼球運動の特性
滑動性追従性眼球運動の特性
電車で駅を通過する時に駅の名前を知るためにホームを見つめることは日常よく行うことです。この時の眼の動きをみると眼が律動的に動いていることがわかります。ゆっくり進行方向に眼球が動き、その後反対方向への急速な眼球運動がおこります。視運動性眼振(鉄路眼振)と呼ばれています。進行方向へのゆっくりした眼球運動は滑動性追従性眼球運動であり、その後の反対方向へ急速な眼球運動が衝動性眼球運動です。視運動性眼振はめまいの検査としてもおこなわれています(視運動性眼振)。
Bee Gees(イギリスのロックグループ)の歌った曲のタイトルです。こう声をかけられたら人は振り返って相手を見つめるでしょう。日常では、頭を動かさずに視線のみの動きで対象物を眼で追うことは少なく、頭を同時に動かすことによって視線を制御しています。視覚刺激により起こる眼球運動と頭の動きによる三半規管刺激により起こる眼球運動(前庭動眼反射といいます)の協調による視線制御です。
頭を左右に動かすことは三半規管への刺激となり、その結果として反射的な眼球運動がおこります。前庭動眼反射と呼ばれています。前庭動眼反射は頭部運動を代償し網膜のずれを少なくします。
耳の奥の内耳に体のバランスを保つために必要な情報をあつめる受容器(センサー)があります。
内耳には音のセンサーである蝸牛が前方にあります。バランスを保つためのセンサーには頭の傾きのセンサーである前庭と頭の回転運動のセンサーである三半規管があります。
三半規管の反応が回転運動を認知させる。
イスに座って例えば左に回転するときに頭の運動のセンサーとして働いているのは三半規管のうちの外側半規管です。左の図は、左の外側半規管の模式図です。頭が左に回転すると、半規管内に頭の動きと反対方向に向かうリンパ液の流れがおこります。このリンパ液の流れがセンサーを刺激し頭が回転したことがわかる仕組みになっています。
頭が制止した状態では左右の半規管で等しい頻度の電気信号が記録される。
左外側半規管のセンサー細胞に電極を刺し、センサー細胞からの電気信号を記録してみます。すると頭が静止している状態でも電気信号が記録されます。右の外側半規管からも同様の電気信号が記録され、頭が静止している状態では、左右の外側半規管から等しい頻度で電気信号が記録されます。
頭を動かした時、左右の半規管からの電気信号が異なる
イスが左へ回転し頭や体が左へ回転するとき、左右の外側半規管にあるセンサー細胞からの電気信号を記録すると、上の段の左外側半規管のセンサー細胞からの電気信号は頭が左に回転している間電気信号が増加しています。一方、下の段では、右外側半規管からの電気信号が頭が左に回転する間電気信号が減少しています。
左右の外側半規管のセンサー細胞の電気信号が神経を介して眼球運動を起こすことになります。上の図のように頭が左に回転すると眼球は右に動くことになります。
コーヒーの入ったカップを回転させるとき、カップが回り始めると、中のコーヒーは空間内でのもとの位置を保とうとして、カップとは反対方向に回り始めます。カップを同じ速さで回し続けると、コーヒーがカップの動きに追いついて一緒に回転するようになります。カップの回転を遅くして停止させると、コーヒーはしばらく回り続け、その流れはカップに対して逆向きになります。半規管の中の内リンパの動きはこれと同じです。リンパ液の流れに従って細胞の電気信号が発生し上記のような眼球運動がおこります。
頭部が一方向に回転するのを半規管が感知すると、眼球は反対方向に回転し始めます。この代償性眼球運動は前庭性緩徐相と呼ばれます。頭部の回転が持続する場合、眼球は可動範囲の限界に達し、急速な眼球運動(急速相)が起こって、眼球は頭部が回転する方向の新しい固視点へと偏位します。回転が持続する場合、眼球は前庭性緩徐相と急速相を交互に繰り返し眼振が起こります(下図①)。頭部の回転が続くとコーヒーカップの例のように内リンパの慣性の影響はなくなり、頭部の回転が持続していても眼振は停止します(下図②)。頭部の回転を突然停止すると、内リンパは、それまで頭部が回転したのと同じ方向に動きつづける。その結果、回転時の眼振と反対向きの眼振が起こります(下図の③)。これは回転後眼振と呼ばれます。回転後眼振は暗所のみでおこります。明所では視覚情報により前庭性眼振が抑制されます。同じように明所での頭部回転では前庭入力がなくなっても、頭部の回転が続く限り、視運動性反射により眼振が持続します。前庭動眼反射と視性眼球運動制御は相互に働き視性制御を行っています。実際の回転眼振、回転後眼振ともに、内リンパの動きから推測されるよりも長く持続します。半規管からの頭部の動きに関する情報が伝達されなくても、脳幹のネットワークが速度蓄積という過程により眼球運動系に速度シグナルを供給するためです。私たちが身体を動かしながら安定した視線を保つのは複雑な神経ネットワークを必要としています。
眼の前に人差し指を立て、指先を固視しながら頭部を右あるいは左に急速に回転させると、三半規管の機能が正常であれば眼球の速度は頭部の速度に一致します(図の左)。半規管機能に障害があると、眼球は頭部に遅れて動き、頭部の完了した後に、遅れを取り戻すための衝動性眼球運動が起こります(図の右)。この衝動性運動は視覚入力により引き起こされるものです。
転倒することなくスムースに動くためには姿勢の調節が重要です。姿勢の調節は定位と平衡の二つの要素から成り立っています。定位と平衡は異なる神経系で制御されています。定位とは重力に逆らって身体を支持することで、持続的な姿勢筋緊張により地表に対して四肢の進展位を維持させます。静止起立時であっても身体は動揺しています。さらには様々な動きで身体は動揺します。身体動揺を緩和し姿勢を維持することが平衡です。
起立しながら平衡を維持するためには身体重心から下方への力のベクトルが両足が床に接する面(支持面)の内側に保持される必要があります(図の矢印)。支持面が小さいほど平衡維持が難しくなります。両足での起立より片足で立つ方がふらつきが大きくなるのはこのためです。
起立している踏み台を突然後方へ動かすと(電車が動くときなどに経験します)足関節を中心に身体が前方に傾斜し重心のベクトルはつま先側に移動します。姿勢が回復する際には、身体は足関節を中心に回転し、重心は脚よりも後方のもとの位置にもどります。これを足関節による平衡維持(足関節戦略)といいます
外力が大きく身体の揺れが大きい場合、体幹が屈曲し、足関節が進展して、殿部は後方に移動します。幅の狭い板の上に立っていたり、不安定な起立の状況ではこのようにして姿勢の平衡を保とうとします。これを股関節による平衡維持(股関節戦略)といいます。
足関節や股関節をもちいた平衡維持以外にも姿勢反応の代替戦略があります。そのひとつに支持面を拡大して重心の位置が支持面の内側に保たれるようにする方法です。ひとつが、重心の前方に足を踏み出して身体の動きを抑える方法です。バランスを崩すと思わず踏み出すことは経験することです。もうひとつは、支持体をつかむことによって、手と支持体との接点が支持面に含まれるようにすることです。転倒しそうな時に壁に手をついたり、取っ手をつかんだりすることは日常で経験することですし、高齢の方では杖を使うことも多いものです。
突然の外力に対して起こる自動的な姿勢反応は単純な反射ではありません。外力が加わってから姿勢反応が起こるまでの時間(潜時)は、伸長反射よりも長いことが分かっています。代表的な伸長反射はいわゆる膝蓋腱反射です。自動的姿勢反応は、単純な反射ではなく、平衡の維持という目的のために、骨格筋が特徴的な時間の流れに沿って協調的に活動することです。姿勢反応の潜時は伸長反射よりも長いのですが、随意的な反応時間よりは短くなっています。自動的姿勢反応は意識に上がることのない意識下の反応なのです。
姿勢の形により姿勢の維持にに使われる筋肉は異なります。立位では体幹背側の筋や脚の背面の筋群(ハムストリング、腓腹筋)を用いて維持します(図の左)。四つばいでは、腕の筋、脚前面の筋を用います(図の中)。支持体を握って直立する場合にはほとんど腕の筋だけで平衡を維持します(図の右)
自動的な姿勢反応は幅の狭い板の上に立つ時と幅の広い胃踏み台にたす時では異なった筋を用いて行われます。
幅の広い踏み台に立ち、踏み台を後方に動かして前方への動揺を誘発すると、踏み台の始動から90ミリ秒後に①足関節(腓腹筋)、②膝(ハムストリング)、③殿部の後方(傍脊柱筋)の筋群へと順次活動が誘発されます。この姿勢反応は足関節戦略とよばれ、主に足関節を軸に身体を傾けることによって姿勢を回復させます。
PSP:傍脊柱筋 HAM:ハムストリング GAS:腓腹筋
幅の狭い板では、股関節や体幹の前方筋群が活動します。踏み台の始動から90ミリ秒後これらの筋群はほぼ同時に活動が誘発されます。この股関節戦略とよばれる自動的な姿勢反応パターンは股関節を前屈させ、足関節を反対に回転させることで、重心を回転させます。
身体姿勢の平衡はこれらの足関節戦略と股関節戦略を順次組み合わせて行われています。姿勢反応は直前の状況に影響されるため新しい条件に対しての適応はゆっくり起こります。例えば幅の広い踏み台から幅の狭い板に移動する場合、最初の2~3回は依然と足関節戦略を用いて姿勢を保とうとします。幅の狭い板の上ではこの戦略は役に立たず、転倒する可能性があります。そこで、数回の試行を繰り返すうちに、しだいに股関節戦略へと切り替えます。幅の狭い板から幅の広い踏み台に戻る時も同様です。図では、幅の狭い板の上では大腿四頭筋(QUAD)の活動が起こっています。広い踏み台の上に移動すると最初は大腿四頭筋(QUAD)の活動が起こっています。数回の試行のうちにQUADの活動はなくなり、ハムストリング(HAM)の活動が主体となります。股関節戦略から足関節戦略へと徐々に変化していくことを示します
随意運動は、それ自体が姿勢の定位と平衡を不安定化させることがあります。例えば、起立した状態で素早く腕を前方に上げると、股関節を進展させ、膝関節を屈曲させ、足関節を背屈させる力が生じて、身体の重心は足に対して前方に移動します。神経系は、随意運動が姿勢に及ぼす影響についてあらかじめ知識をもっており、しばしば主たる運動に先行して予期的姿勢調節を行います。
例えば図のように、支えなしに起立している人が壁に固定されているハンドルを素早く引くと、腕の筋(BIC:上腕二頭筋)よりも先に脚の筋(GAS:腓腹筋とHAM:ハムストリング)が活動します。これにより随意運動中の姿勢を安定させます。
肩が頑丈な支持体で支えられている場合には、同じ動作であっても予期的な脚の筋活動は生じません。支持体に頼って身体が前方に動くのを防ぐためです。
外部からの合図に反応してハンドルを引く場合、支持体がある方が腕の筋は早く活動します。支持体がない場合、安定した姿勢が必要であり、は随意的な腕の筋活動は遅れる傾向があります。
私たちが倒れることなく歩いたり、走ったりすることができるのは動いている時にも正しく姿勢調節が行われているからですが、特に予期的姿勢調節が重要な役割を果たしています。歩きなれた廊下でたまたま落ちていたものに脚をとれら転倒しそうになることはだれでも経験することです。このような時には予期的姿勢調節がうまくいかないのです。
個々の運動課題を効果的に行うために、身体を適切に定位(姿勢定位)させる必要があります。姿勢定位は平衡制御と相互作用しますが、2つのシステムは独立に作用します。一定時間にわたって体勢を維持するのに必要なエネルギーは、姿勢定位に影響を及ぼします。体幹を重力に対して直立位にすることで、支持面上に保持するのに必要な力とエネルギーを最小にすることができます。課題のなかには、ある身体部位の位置を空間内で安定させることが重要なものもあります。例えば、満杯のグラスを持って歩くときには、中身がこぼれないように重力に逆らって手を安定させることが重要になります。また、課題によっては、ある身体部位を別の部位に対して安定させることが重要となります。例えば、歩きながら本を読む時には、本を持つ手を頭部や眼球に対して安定させることが重要になります。身体の動きに関する感覚シグナルの精度を最適化できるような姿勢定位をとることがあり、不安定な床面や動く床面床面では特にその傾向が強くなります。スキーヤやウインドサーファーは、地面に対する垂直性の情報を主に前庭感覚や視覚から得るので、しばしば、鉛直線に沿って頭部を保持します。この姿勢が最も正確に垂直を知覚することができ、頭部が傾くと正確さがていかするからです。外部から力がかかると予期できれば、力の方向に身体を傾け、床面が不安定になると予期できれば、膝を曲げ、足を開き、腕を伸ばすなど身体定位をあらかじめ変更し予測される影響を最小限に抑えることができます。姿勢定位は、課題の適切に行い、姿勢制御のための感覚を評価し、外部からの影響の予測に重要なのです。
めまいとは体や外界が動いていないのに動いていると錯覚している状態である。
めまいとは体や外界が動いていないのに動いていると錯覚している状態と考えられます。話を単純にするために、イスに座っていたら突然自分が左回りに回転しているようなめまいが起こったことを考えてみます。イスが実際に左に回転して体が回転したのであればそれは正常な感覚で、私たちは眼を開けていても、あるいは眼を閉じていてもイスが回転し、体が回転していることを感じることができます。めまいではイスが回転していない、自分が回転していないのに回転しているように感じてしまうわけですから、体の回転を感じ取る仕組みになにか変化が起こってめまいが起こっていると考えらます。
私たちはさまざまな情報をもとに体が回転していることを認知している。
そもそもイスに座った体が左に回転していることを私たちはどのようにしてわかるのでしょうか。眼を開けていればイスの回転につれて外界が動くのがわかります。視覚からの情報は外界の動きと自分自身の運動を知る手がかりとなります。けれども私たちは眼を閉じてもイスの回転とともに自分が回転していることを感じることができます。このことから視覚以外にも回転を感じる仕組みが備わっていることがわかります。視覚以外の体の運動を知る手がかりには内耳からの情報と体の筋肉や腱からの固有知覚からの情報があります。
体の動きや体の位置を感じとることに重要な役割を果たす内耳
眼を閉じているときに体の動きや体の位置を感じとることに重要な役割を果たしているものが内耳で、耳の奥の骨の中に存在します。
耳の奥の内耳に体のバランスを保つために必要な情報をあつめる受容器(センサー)があります。
内耳には音のセンサーである蝸牛が前方にあります。バランスを保つためのセンサーには頭の傾きのセンサーである前庭と頭の回転運動のセンサーである三半規管があります。
前半規管・後半規管・外側半規管からなる三半規管は環状をなし互いに直角に配置されています。この空間における三半規管の配置のおかげで私たちは頭のあらゆる方向への回転運動を感じとることができます。また、前庭には耳石と呼ばれる重力のセンサーが存在しています。三半規管が頭の回転運動のセンサーであるのに対し、耳石は位置のセンサー、頭がどれだけ傾いているかを感じとるセンサーです。私たちは三半規管と耳石の働きによって頭がどのように回転しても、あるいは頭がどのような位置にあっても眼を閉じている状態でそれを感じとることができます。
三半規管の反応が回転運動を認知させる。
今はイスに座って回転している場合を考えていますので、単純に三半規管のみを取り上げます。イスに座って例えば左に回転するときに頭の運動のセンサーとして働いているのは三半規管のうちの外側半規管です。左の図は、左の外側半規管の模式図です。頭が左に回転すると、半規管内に頭の動きと反対方向に向かうリンパ液の流れがおこります。このリンパ液の流れがセンサーを刺激し頭が回転したことがわかる仕組みになっています。
頭が制止した状態では左右の半規管で等しい頻度の電気信号が記録される。
左外側半規管のセンサー細胞に電極を刺し、センサー細胞からの電気信号を記録してみます。すると頭が静止している状態でも電気信号が記録されます。右の外側半規管からも同様の電気信号が記録され、頭が静止している状態では、左右の外側半規管から等しい頻度で電気信号が記録されます。
頭を動かした時、左右の半規管からの電気信号が異なる
イスが左へ回転し頭や体が左へ回転するとき、左右の外側半規管にあるセンサー細胞からの電気信号を記録すると、上の段の左外側半規管のセンサー細胞からの電気信号は頭が左に回転している間電気信号が増加しています。一方、下の段では、右外側半規管からの電気信号が頭が左に回転する間電気信号が減少しています。
左右の半規管からの電気信号の差を脳が解析し、頭が回転したことがわかる
イスに座って静止している状態では、左右の外側半規管にあるセンサーから等しい頻度の電気信号が発生しています。仮にその頻度を100としましょう。左右の半規管からの電気信号は等しく100です。イスが左へ回転し体や頭も回転すると、左の外側半規管からの信号の頻度は増加します。例えば120へ増えたとします。一方、右の外側半規管では信号の頻度は減少します。信号の増減の大きさは左右で同じですから100から80になります。左右の半規管からの電気信号の頻度にさが生じそれを脳が解析し頭が左に回転したことがわかるのです。
半規管からの情報と眼や筋肉・腱からの情報の不一致がめいという感覚異常を引き起こす。
静かにイスに座っていて突然左耳に異常が起こるとったとします。左の外側半規管に異常が起こり、半規管からの電気信号の頻度が100から140に増加したとします。右の外側半規管は正常ですので電気信号の頻度は100のままです。すると左右の半規管からの信号に差ができます。さきほど頭が回転するときの半規管からの信号の差から脳は頭が左に回転していることがわかるということをお話しました。それと同様に、この場合も脳は左右の半規管からの信号の頻度の差を解析し頭が左へと回転したと判断します。ところが実際は、頭は静止しているのですから、視覚や固有知覚からは頭は静止しているという情報が脳へ起こられてきます。耳からは頭が左へ回転しているという情報が、眼(視覚)や筋肉・腱(固有知覚)からは頭が静止しているという情報が同時に送られてきてその情報の不一致、ミスマッチがめまいという異常感覚を生み出します。めまいとは体や外界が動いていないのに動いていると錯覚している状態であるということはこのことを意味しているのです。
もう一度まとめると。
頭が静止している状態では左右の内耳半規管からの信号の頻度は等しくなっています。頭が左に回転すると左の半規管からの信号の頻度は増加し、右の半規管からの信号の頻度は逆に減少します。左右の内耳半規管からの信号の頻度の差が起こり、これをもとに頭が左に回転したことを感じ取ることができます。めまいのときには頭が静止しているのに、内耳におこる病気によって左右の内耳半規管からの信号に差がおこります。内耳からの情報と眼や固有知覚からの情報に不一致、ミスマッチが起こりめまいがおこります。頭は静止していますが、頭の中で回っている感覚が生じます。
病気によっては検査によりめまいが誘発される場合がありますが、多くの場合一過性のものです。
温度眼振検査では三半規管が正常の場合にめまいが一過性に誘発されます。ほとんどの場合は問題となる強さではありません。
頭を左右に振ると内耳三半規管への刺激となり、半規管を中心とする眼球運動反射が起こります。眼球運動を観察しこの眼球運動反射を確認することで内耳三半規管の状態を検査することができます。同時に眼球運動反射は小脳や脳幹などの脳の働きも関与してしています。従って眼球運動の検査は脳(中枢神経系)の診断にも不可欠です。
眼球運動観察の方法
固い1本の棒が立つのとは違い、身体がわずかに揺れながら私たちの姿勢は保たれています。この揺れを立ち直り反射といいます。この立ち直り反射が一定の範囲内で起こることが姿勢の維持に重要です。私たちの身体は足や膝の関節、股関節そして脊椎で構成され、柔軟性があります。この柔軟性が適切な立ち直り反射には不可欠です。身体が硬くなるとうまくバランスがとれなくなるのです。この立ち直り反射を測定する検査が重心動揺検査です。
①軌跡面積
患者さんの重心動揺の状態を評価するために上にあげた6つの指標すべてを用いるわけではなく、主に①軌跡面積②密集度③ロンベルグ率を用います。
①軌跡面積の異常
②密集度の異常
③ロンベルグ率の異常
めまいというとメニエール病・良性発作性頭位めまい・前庭神経炎などの耳の病気でおこるめまいや脳梗塞・脳腫瘍などの頭の病気でおこるめまいを考えることが多いのですが、めまいの原因は複雑多岐でめまいを引き起こす病気は耳や頭の病気ばかりではありません。平成7年2月から平成23年12月までに小林耳鼻咽喉科内科クリニックを初診されためまいの患者さん3661例のめまいの原因疾患の統計をご覧いただき、めまいの原因にはどのようなものがあるかを理解するのにお役立てください。
診断のつくめまい | 実数 | % |
---|---|---|
良性発作性頭位めまい | 769 | 21 |
メニエール病 | 375 | 10.2 |
起立性調節障害など | 257 | 7 |
頸性めまい | 211 | 5.8 |
中枢性めまい | 158 | 4.3 |
心因性めまい | 157 | 4.3 |
突発性難聴 | 139 | 3.8 |
前庭神経炎 | 52 | 1.4 |
内耳炎 | 50 | 1.4 |
自律神経失調症 | 48 | 1.3 |
原因不明 | 639 | 17.5 |
その他の末梢性 | 610 | 16.7 |
その他 | 196 | 5.3 |
耳の病気で起こるめまい(末梢性めまい、あるいは内耳性めまい)には代表的な病気が3つあります。
内耳蝸牛の内リンパ腔に内リンパ液が過剰に蓄積し内リンパ水腫が形成されることがメニエール病の本態です。
内リンパ水腫が発生すると(図赤い矢印)、内リンパ腔の圧力が高まり、音を感ずる有毛細胞に影響を与えます(図の黄色の矢印)。これによって低い音を感ずる細胞が障害され低音域の難聴が出現すると考えられています。メニエール病の初期では内リンパ水腫は増悪・寛解を繰り返します。それに伴い初期の聴力障害も良くなったり
内リンパ水腫が増悪すると時に内リンパ腔と外リンパ腔を境する薄い膜(ライスネル膜)に亀裂が生じることがあります。亀裂が生じるとそこを通して圧の高い内リンパ液が外リンパ腔に漏出します(図の黒い矢印)。内リンパ液と外リンパ液は組成が異なり、内リンパ液ではカリウムの濃度が高いのが特徴です。内リンパ液の漏出はカリウムが外リンパ腔へ漏出すること意味します。カリウムは神経感覚細胞を障害する作用があります。内リンパ液の漏出は内耳感覚細胞の障害を引き起こし強いめまい、難聴、耳鳴りが起こります。これがメニエール病のめまい発作といわれるものです。
内リンパ腔と外リンパ腔の圧が等しくなると内リンパ液の漏出は止まります。その後外リンパ腔のカリウムは吸収され外リンパ液の組成は正常に戻ります。その結果めまい発作は終息します。このような水腫形→ライスネル膜の亀裂→水腫軽減を繰り返すことがメニエール病の特徴であり、その結果内耳感覚細胞の不可逆的な変化を引き起こします。このようにしてメニエール病は進行していきます。
感覚細胞のの表面を覆う耳石の電子顕微鏡写真。亀裂が入った石があるのがわかる。このような場合耳石の剥離が起きやすいと推測される。
慢性中耳炎の鼓膜穿孔(*)
①内耳の機能の改善
三半規管をはじめとする内耳前庭機能障害を改善しめまいの症状軽減する。抗めまい薬がその代表。
②前庭代償過程の促進
内耳前庭機能障害に対する脳の適応現象(代償過程)を促進させめまいを軽減させる。抗めまい薬の一部、副腎皮質ステロイド。③めまいに伴う悪心・嘔吐の軽減
患者さんが最も苦しむ悪心・嘔吐を軽減させる。鎮吐薬・抗めまい薬の一部。
④めまいに対する不安感の改善
めまいがストレスとなり不安感が強いとめまい症状が強くなるため不安感を改善することが重要。いわゆる安定剤。耳性めまいで最も多い「良性発作性頭位めまい」では耳石置換法と呼ばれる理学療法が有効な治療とされています。耳石置換法は決められた手順で頭位・体位を変換し三半規管に迷入した浮遊耳石を排出させる治療法です。きちんとやり方を理解すれば家庭でもおこなえる治療法ですが、行うに当たっていくつかのポイントがあり、これを誤ると逆効果、すなわち悪化させることもあります。
後半規管に耳石が迷入することが最も多く、次いで外側半規管にも迷入することもあります。前半規管への迷入はまれとされています。
後半規管に迷入した浮遊耳石を置換する方法がエプレー法です。外側半規管に迷入した浮遊耳石を置換する方法はいくつかありますが、Bar-B-Que rollが代表的です。
それぞれの耳石置換法は正しく理解すれば、患者さん自身が家庭でも行うことができる安全で効果的な方法です。インターネットで具体的な方法が公開されています。
耳石置換法を行う際のピットホール(落とし穴)
左右の三半規管は対症的にあるため、右と左では耳石置換法が逆の関係になります。患側を誤って行うと効果がないばかりか、逆効果となることがあり症状が悪化すこともあります。患側が右か左かは症状や検査で判断します。右側を検査しているつもりで左の三半規管の反応が起こることもあり、専門医でも慎重に行う必要があります。浮遊耳石が迷入した三半規管が右なのか左なのかを診断することは耳石置換を行う上でとても大切です。家庭でおこなうには専門医の診断を受けて、正しい指導のもとおこなうことが推奨されます。
左後半規管型良性発作性頭位めまいに対する耳石置換法(エプレー法)
現在準備中