Q4-1 耳鳴りは治らないといわれました。 |
耳鳴りの患者さんの8割以上は自分の耳鳴りを「キーン・ジー・シーン」あるいは「蝉の鳴き声・モーターの音」などと表現します。一方で1割程度の患者さんは耳鳴りを「脈打つような耳鳴り」と表現します。脈打つような耳鳴りは拍動性耳鳴と呼ばれ、持続性の耳鳴りが時に拍動性に感じられることもあります。拍動性の耳鳴がそれ以外の耳鳴りと原因が異なることもあります。
一般に耳鳴りは本人だけが聞いているもの(自覚的耳鳴)ですが、拍動性耳鳴の中には、何らかの手段を用いれば他人も聞くことができる耳鳴りがあり他覚的耳鳴と呼ばれます。
血管奇形 | 頸静脈球奇形 S状静脈洞拡張 動静脈奇形・動静脈瘻 頸動脈動脈硬化性疾患 頸動脈奇形 その他 |
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血管性腫瘍 | グロムス腫瘍 血管腫 |
その他 | 特発性頭蓋内圧亢進 半規管裂隙(SCD) 軟口蓋・中耳ミオクローヌス 耳管開放症 耳硬化症 滲出性中耳炎 中耳奇形 聴神経腫瘍 |
抗生物質 | アミノグリコシド系 マクロライド系 バンコマイシン |
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抗うつ剤 | 三環系抗うつ剤 SSRI SNRI |
抗マラリア薬 | キニン |
抗がん剤 | シスプラチン |
利尿剤 | エタクリン酸 ラシックス |
免疫療法剤 | インターフェロン ミコフェノール酸 ラパリムス(シロリムス) レチノイド タクロリムス |
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鎮痛剤 | イブプロフェン |
サリチル酸 | アスピリン |
その他 | カフェイン ニコチン ランソプラゾール(PPI) |
外耳疾患 | 後天性外耳道狭窄 耳垢栓塞 外耳道異物 |
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中耳疾患 | 滲出性中耳炎 慢性中耳炎 真珠腫性中耳炎 耳硬化症 |
伝音性難聴 外耳疾患 中耳疾患 | 後天性外耳道狭窄 耳垢栓塞 外耳道異物 滲出性中耳炎 慢性中耳炎 真珠腫性中耳炎 耳硬化症 |
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感音性難聴 | 突発性難聴 騒音難聴・音響障害 加齢性難聴 薬剤性難聴 メニエール病 外リンパ瘻 聴神経腫瘍 その他 |
外耳疾患 後天性外耳道狭窄 耳垢栓塞 外耳道異物 中耳疾患 滲出性中耳炎 慢性中耳炎 真珠腫性中耳炎 耳硬化症 | 外耳道形成術 耳垢栓塞除去 異物摘出 鼓膜切開 鼓膜チューブ留置術 補助的な薬物療法 鼓室形成術 鼓室形成術 アブミ骨手術 |
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内耳疾患 突発性難聴 騒音難聴 音響外傷 メニエール病 外リンパ瘻 薬剤性難聴 後迷路疾患 聴神経腫瘍 | 早期の薬物療法 音響曝露の予防 早期の薬物療法 音響曝露の予防 薬物療法 中耳加圧療法 内リンパ嚢減圧術 外リンパ瘻閉鎖術 薬剤投与法の選択 聴神経腫瘍摘出術 |
その他 うつ病 不安障害 身体表現性障害 | 抗うつ剤 抗不安薬 心理学的治療 心身医学的治療 |
耳鳴りの治療法には薬物療法ばかりでなく、生活指導管理、ストレスマネージメント、音響心理学的治療など様々なものがあります。これらを患者さん一人ひとりに適した形で行うことが重要です。
耳鳴りの発症には複雑な要因がからみ、原因がはっきりしないことがあります。原因がはっきりしない場合でも、一定の手順に従って耳鳴りの治療を行い、効果を期待することができます。ただし治療に対する正しい理解が大切です。
耳鳴りは様々な病気が原因で起こりますが、どのように耳鳴が起こってくるか(発生機序)ははっきりわかっていません。現在いくつかの仮説が考えられています。
耳鳴りは難聴に対する中枢神経系の過敏状態である。
手足を失ってもまだそれらが実在するかのように感じる幻肢という現象があり、実在しない四肢に持続的な痛みを感じることもあります。痛みや触覚は知覚神経を通り脊髄を上行し最終的に大脳皮質で知覚認知されます。体の知覚情報は体の部位によって大脳皮質の特定の部位で知覚され、その分布が解明されています。図のように、正常人と幻肢のある人の脳の研究では脊髄感覚入力によって活性化する大脳皮質領域が幻肢の患者さんでは拡大していることがわかっています。
耳鳴りの多くは耳が障害を受け難聴がある場合によく見られることから、耳鳴りは幻肢のように入力が失われた中枢神経系の過敏状態を反映していると考えることができます。聴覚入力ないと、中枢神経系の細胞が一層活動を増し、脳はそうした神経活動を、耳鳴りという意味ある経験に変えてしまうと考えられます。
内耳感覚細胞の電気生理学的異常が耳鳴りを引き起こす。
脳過敏という中枢性に耳鳴が起こっているという仮説ばかりでなく、内耳感覚細胞の異常が耳鳴りを引き起こすという研究もあります。鎮痛解熱剤であるアスピリンは一過性の耳鳴・難聴を引き起こすことが知られています。アスピリンをモルモットに投与すると、急速に内耳特に蝸牛に取り込まれ、音を感じ取る感覚細胞に分布します。それとともに、内耳感覚細胞の電気生理学的な変化が起き、蝸牛神経(聴覚の刺激を伝える神経)の自発放電が増加します。この自発放電の増加が耳鳴り信号として知覚されると考えられています。
耳鳴りは聴覚に関する神経ネットワークから起こってくる。
脳過敏仮説あるいは内耳感覚細胞電気生理学的異常仮説のどちらか単独で耳鳴りの様々な特徴すべてを説明することはできません。耳鳴りの原因疾患がなんであれほとんどすべての患者さんの耳鳴りの特性は同じであることを考えると耳鳴りの発生機序はどの患者さんでもほぼ同じであると思われます。おそらく内耳感覚細胞に始まりそれに連なる蝸牛神経そして大脳聴覚野に至る聴覚に関する神経ネットワークを中心に中枢神経系全体が関与した複雑な仕組みの中で耳鳴りという感覚が発生してくると私たちは考えています。
耳鳴りの多くは難聴を伴いますが、20%程度の患者さんでは難聴を伴わず無難聴性耳鳴とよばれます。無難聴性耳鳴の発生機序ははっきりわかっていません。難聴がありませんのでQ2-3で述べたような機序で起こることは考えられません。難聴の自覚がなくても聴力検査では難聴が認められることも少なくありません。標準純音聴力検査による聴力の確認が大切です。標準純音聴力検査が正常であった場合でも無難聴性耳鳴の診断は慎重に行なうことが必要です。標準純音聴力検査は8000Hzを超えた音域の検査は器械の規格で測定できません。たとえ標準純音聴力検査が正常であっても高い音域の聞こえ変化している可能性もあります。実際、聴力検査が正常の患者さんの耳鳴りの高さが10000Hzであったり12000Hzであったりすることがあります。このような場合無難聴性耳鳴を診断すること難しいことになります。一方、標準純音聴力検査で異常がなく、聴力検査の範囲内(125Hz~8000Hz)に耳鳴りの高さがある場合無難聴性耳鳴耳鳴が強く疑われます。
耳鳴はいろいろなことで増悪します。研究データからはグラフのようなことが耳鳴り増悪させるとされています。耳鳴りを訴える人の半数以上がストレスや疲労で耳鳴りが増悪するとしています。感冒など体調の変化も耳鳴りに影響します。大きな音や長時間にわたる音の曝露は耳鳴りを変化させます。適切な音の環境が耳鳴りを安定化させるのに役立つものと考えられます。歯をくいしばると耳鳴りが大きくなることがあります。顎の運動は耳鳴りを変化させ、歯ブラシで耳鳴りが大きくなるという方もいます。これらは頭を取り巻く筋肉の緊張の変化によって耳鳴りが変化することを意味しているものと思われます。頭部や頸部の外傷後に起こる耳鳴りはやはり筋緊張が関係していると考えられます。体位の変化や咳・くしゃみが耳鳴りを変化させれることがありますが、これも同じことが考えられます。薬物や飲酒・カフェインは耳鳴りを増悪させることがあります。薬物では解熱剤であるアスピリンやアセトアミノフェンが良く知られています。耳鳴りを増悪させる様々な要因を知り、それに対応することは逆に耳鳴りを和らげることにつながります。
耳鳴りの感じ方には二通りあります。一つは耳鳴りが「大きい、小さい」あるいは「強い、弱いという感じ方。今一つは耳鳴りが「煩わしい」「気になる」という感じ方で、これは「生活に支障をきたすかどうか」と言い換えることもできます。これら二つの感じ方は異なった現象と考えられます。内耳感覚細胞に始まりそれに連なる蝸牛神経そして大脳聴覚野に至る聴覚に関する神経ネットワークを中心に中枢神経系全体が関与した複雑な仕組みの中で耳鳴りという感覚が発生してくると考えられ、脳全体の働きの中でおこる耳鳴りの現象の異なった側面からこれら二つの異なった耳鳴りの感じ方が起こってきているのです。
耳鳴りはさまざまな状況で変化します。仕事などで何かに熱中していると耳鳴りが気にならない、耳鳴りを感じないことは多くの人が経験するところです。これには人の意識状態が関係しています。人の意識状態は刻一刻変化し、それとともに耳鳴りも変化します。意識の状態は感覚に影響を与えます。休日、静かな部屋で読書に熱中しているとき、途中で降りだした雨に気づかないことがあります。そして、ふとした瞬間、雨音に気づき「ああ雨だ」という経験はどなたにもあるでしょう。前からの雨音に気づくには意識の変化が必要なのです。耳鳴りも聴覚の感覚ですから、はっきり知覚するには意識の変化が必要です。仕事で、会議に集中する、重要な書類に眼を通すときなど意識は会議や書類に集中しています。その間、耳鳴りの感覚は意識の外に置かれ、耳鳴りを感じないのです。
周りの音環境の変化は耳鳴りの感じ方に影響します。静かな部屋では耳鳴りが気になることはよくあり、逆にある一定以上音のあるところでは耳鳴りは感じにくくなります。周りの音で耳鳴りが感じにくくなる現象を遮蔽効果といいます。周りの音が大きいほど遮蔽効果は強くなります。大きい音では耳鳴りは遮蔽されても不快感が強くなることもあります。これには音が響いて聞こえる現象、聴覚過敏が関連していると思われます。
耳鳴りの患者さんは大きな口を開けたり、歯を食いしばると耳鳴りが変化することを経験します。頸こり肩こりが強くなると耳鳴りが強くなります。頭を取り巻く筋肉の緊張状態は耳鳴りに影響を与える因子です。筋肉からの求心性の中枢神経への入力が耳鳴りを変化させ、体性感覚耳鳴と呼ばれています。
朝目覚めると耳鳴りを大きく感じることがあります。耳鳴りは脳の働き全体のなかで知覚されていると考えられており、脳の働きの状態で耳鳴りの感じ方が異なります。寝ている間は意識がありませんから耳鳴りを感じることはありません。目覚め始めると意識が徐々に回復し始めます。それとともに知覚がもどり耳鳴りを感じ始めることになります。
耳鳴りには様々な要因が絡み、治療も複雑なものとなります。適切な治療を進めるには患者さんに耳鳴りの治療を正しく理解していただくことが大切です。いくつか理解のポイントをあげます。①耳鳴りは脳全体の働きの中で知覚される現象である。②耳鳴りの自覚症状には強い弱い(あるいは大きい小さい)というものと煩わしい、気になる(生活に支障をきたす)とがあり、この二つは異なった現象である。③耳鳴りをゼロにすることが治療の目標ではない。